ガウディx井上雄彦展を観てきた!

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東京・六本木で行われている「ガウディx井上雄彦展」を観てきました。
フライヤーがちょっと地味なのが気になりましたが十分に満足できる展示内容です。ガウディ直筆の図面やタイルや家具、建物の模型、さらにプロジェクションマッピングを用いた仕掛け、さらにさらに漫画家の枠を超えてしまいつつある井上雄彦さんによるガウディの一生をたどる作品も見応えがあります。

gaudinoue projection mapping
画像引用元:gaudinoue(公式FBページ)

アントニオ・ガウディ

サグラダ・ファミリアなどの設計で知られるアントニオ・ガウディは子供の頃身体が弱く、リュウマチもあり人並みに歩くのも苦労していました。そんな彼が子供の頃から観察し続けたのは草花や木々、野鳥や動物たちなど自然の営みとそこにある美しさでした。同年代の子供達と走り回って遊ぶこともできず自らの宿命を呪い、内向的ではありましたが、しかし足元で日々移り変わる自然の風景を見つめつづけ、それを裏打ちする理を考え続けました。

やがて彼は設計家を志すようになります。若い頃から建築現場でも働き、現場を体験することは机上の学びを血肉とする助けになりました。当初は小さな仕事も多く手がけましたがやがてパトロンも付き、大きな設計も行うようになってゆきます。

gaudi tile
画像引用元:gaudinoue(公式FBページ)

1883年にサグラダファミリア2代目の設計者に就任し、初代設計者の原案は平凡なデザインだったのですが、ガウディによりあのようなデザインへと昇華してゆきました。

その他の仕事をすべてやめ、サグラダ・ファミリアの設計に打ち込んだ彼は年々修行者のようになってゆき、余計な持ち物も人付き合いも排し、身なりにも無頓着になり、毎日の協会への礼拝と仕事現場を往復するような毎日を過ごしました。

ある朝、いつものように協会へ向かう途中、彼は道に倒れ、路面電車にはねられて亡くなりました。1926年6月10日のことでした。あまりにもみすぼらしい身なりだったためガウディだとわかるまで時間がかかり、手当も遅れ、そのまま逝ってしまいました。

ガウディはこんな言葉を残しています。

  • 人間は創造しない、発見する。独創とは起源に帰ることである。
  • 私は創造者ではありません。コピーをしているのです。自然からコピーを取っているのです。
  • 私が心を開いて、努めて読むのに適切な偉大な書物は自然である。

そしてつながる

この展覧会を観た翌日、大分県国東半島へ飛んだ。
そこで出会った三浦梅園に、アントニオ・ガウディとのつながりを感じざるを得なかった。
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Akira

北海道出身、旅と写真と山とダンス好き。
クラニオセイクラルやタイマッサージなどのセラピストとして活動しつつ、ウェブ制作も手掛ける。
旅ネタの多い、気まぐれブログ。
詳細プロフィール

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