「今」しかない – クラニオセイクラルとプレゼンス、あるいはマインドフルネス

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フランス人の友人が
「チェンマイ旧市街は東西南北にきっちり真四角に作られていて、あちこちにお寺がある。風水的にきっちり考え設計されていて、エネルギーが集まるようになっているんだよ。ぼくはここが世界でも有数の聖地だと信じているんだ」。
彼との出会いもそうだがチェンマイは不思議といい縁に恵まれ、発見の多い土地だ。

出会う

12月から学び始めたクラニオセイクラル・バイオダイナミクスの先生と出会ったのはちょうど2年前のこと。滞在していたタイ・チェンマイで腰や耳やお腹の調子が悪くなり、どうにもならなくなっていた時だった。

クラニオセイクラルで検索し最初に表示されたのが先生による、チェンマイでのトレーニングコースのページ。施術を行っているかはわからなかったけれど下手くそな英語でメールを送った。

わりとすぐに返事がきて、
「今は忙しくってあまり施術は行っていないのだけど、この日のこの時間なら大丈夫よ」
のような返事が来た。

あとでわかったことだが彼女はとても忙しく、トレーニングコースの予定が目一杯詰まっているし、オフの日も1ヶ月で数日しか無い。今シーズン(2014-2015)も生徒からの施術依頼も受付する余裕がないという。

ところが2年前のその時はどういう縁なのか、まったく部外者のぼくの施術を受けてくれた。そして一度目が終わった後に
「あなたには施術が必要ね、なんとか時間をつくるから予定をあわせて行いましょう」
とやさしく提案してくれた。

ぼくがよほど状態が悪かったのか、あるいはよほど面白かったのか、尋ねても彼女は笑って教えてくれない。

それは心の旅だった

クラニオセイクラルの説明をするのは、学び始めた今となってもなかなか難しい。

物理的な話しなら

「頭蓋骨と背骨、仙骨の間に脳脊髄液が循環しています。その循環にともなって、仙骨や背骨、そして複数の骨が組み合わさって構成されている頭蓋骨の骨それぞれが微妙に動く。それを観察します。それから筋膜や横隔膜についても同様に観察するのです。それらに対して圧力をかけたり、マッサージのような積極的なアプローチはしません。一言で言えば『何もしない』をする、という事になります。宗教でも気功でもありません。」

となる。普通はポカーンだ。困ったな。

実際に受けてみると本当に触れているだけだ。色々なところに触れ、じっくり動かないのだけどぼくの身体はどんどん緊張がゆるみ、解放されてゆく。身体が楽になってゆくのを感じながら、頭の中は夢見心地。眠ってはいないのだけれど夢を見ている、そんな状態だ。

そのときは2012年。
ぼくはその春に東北の被災地をはじめて訪問していた。
かつては住宅街であった海辺には基礎だけが残った、何も残っていない地面が何キロも続いていた。住宅街の一角の公園も、津波でむちゃくちゃに破壊され、当時子どもたちが遊んでいただろうことも容易に想像できた。そんな風景が半年以上たった冬の時点でもぼくの心に重たいものを残していた。

クラニオセイクラルの施術を受けながらぼくはそのことを思い出していた。当時のぼくには助けが必要だった。腰痛もお腹も耳の不調もそこから来ているのは自分でわかっていた。

施術を終えた後、先生に

「人間って過去の終わったことや未来への不安に気をとらわれてしまうけれど、でも今この瞬間あなたはぼくを助けてくれている。それがうれしい。それでいいんじゃないかなって」

と。

皆さんにとっていい一年になりますように。あけおめことよろ。

Akira

北海道出身、旅と写真と山とダンス好き。
クラニオセイクラルやタイマッサージなどのセラピストとして活動しつつ、ウェブ制作も手掛ける。
旅ネタの多い、気まぐれブログ。
詳細プロフィール

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