旅を終えるきっかけとカーストからの抜け出し方

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鉄道でコロンボへ。
海岸線を走る線路沿いには明らかなスラム街、その後富裕層の豪邸エリア、やがて近代的都市へと1時間で刻々と景色が変わる。

身分制度の残るこの国は世界遺産も豊富で一大観光地になるポテンシャルは持っている。
しかし(実質の首都)コロンボ以外は昭和40年台の様子。まだまだこれからの国だ。

インドに隣接するその政治的地理的特性から日本や中国を筆頭に各国の支援が集まっている。

この1月、25年以上続いていた内戦に終止符を打った前大統領が選挙で敗けた。
長きに渡る戦争を止めたのだから英雄視されてもいいようなものだが、蓋をあけてみると権力の私物化、汚職が次々と出てくる。

いま新大統領のもと、前大統領の資産が査察されているが各地に豪華な邸宅を建て、出身地にまったく使えない国際空港を建設するなどネタは豊富だ。

コロンボの新築マンションの外壁には前大統領の巨大な写真がプリントされ、線路沿いにも顔写真がたくさん貼られている。

自己顕示欲のかたまりか、あるいは田舎の成金のおっさん。

コロンボの物価は時に日本よりも高く、スーパーなども国民の平均収入からすると異常だ。
経済がおかしい原因は

  • 元政府高官たちによる汚職
  • 中国などの海外資本からの実需の伴わない不動産投資(そしてそのためのワイロ)
  • 長く続いた内戦

あたりにありそうだ。

教育とは与えるものではなく、きっかけを与えるもの

自分たちの国をよくするのは自分たちでしか無く、他者からの援助はきっかけづくりや基礎知識を得るチャンスでしかない。

先日、クラウドファンディングで手助けしたろか、と一人で盛り上がったが一人で盛り上がっているのが馬鹿らしくなって諸々心が折れた。

先進国から来た強者の感覚なのかもしれないけれど
「与えてもらって当然」
という姿勢でいられると、萎えるものがある。

文化の違い。まあね。

つい数年前まで世界の最貧国の一つと言われたこの国には、そのような根性が根付いているようだ。

そこには何百年にも渡る植民地時代に植え付けられた何かがあるのかもしれない。
(が、そんなことはぼくの知ったことではない)

長期の支援活動のためにスリランカに入っている方が、

「私たちが賞賛されるためにやっているんじゃなくて、彼らが影で私たちのことをなんと非難しようと、彼ら自身が国をよくしてゆく力をつけてもらえればそれでいいんだ」

とおっしゃっていた。まったくそのとおり。

いかんせん、ぼくの場合は長旅の疲れも出てきたし滞在期間もわずかなのでやる気が失せた。失せまくった(´・ω・`)

ITを学ぶことは身分の枠から飛び出せる

ひょっとすると人によってはカーストの呪縛から抜けられない、という憂鬱もあるのかも知れない。

その場合、IT技術を学ぶということはネットと最低限のパソコンさえあればほぼ無料でどこまでも際限なく学ぶことができ、生きる力をつけることができる最高の力になる。そこには体力も美醜も産まれた環境も国境さえも関係はない。

まあこれも最底辺の暮らしを知らぬ、強者の戯れにすぎないのか。

ぼくにはわからない。

なんだか勢いで書いた。まあいいか。

□関連記事としてこんなのを見つけました
“貧困層教育”だけで貧しい子どもたちは救えない!世界を変える「次世代リーダーシップ教育」の姿
インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢設立準備財団 小林りん代表理事×ネットイヤーグループ 石黒不二代社長 対談【後編】
http://diamond.jp/articles/-/13276

こちらの団体は、クラウドファンディングreadyforなどでも順調に支援を集め、回っているようです。

Akira

北海道出身、旅と写真と山とダンス好き。
クラニオセイクラルやタイマッサージなどのセラピストとして活動しつつ、ウェブ制作も手掛ける。
旅ネタの多い、気まぐれブログ。
詳細プロフィール

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