人生の終わりに何をしていたいか、という話

広告

この8月に10年以上離れていたバレエを再開した。
ぼくは20代前半のすべてをバレエにかけて「バレエは僕のすべてなんだ」と、映画のセリフのようなことを本当に考えていた。

身体の条件も恵まれていたが5~6年頑張ったところで挫折した。
有名なダンサーとご一緒する機会にも恵まれたし、舞台にも色々と出させていただいた。
昼間はレッスンに通い、夜はバイト、そんな暮らしを続ける中で心身はボロボロになり、金銭的に限界がきた。

視野が広がり、やわらかくなる

バレエダンサーという仕事は厳しい。一流ダンサーの身体能力は一流のアスリートのそれと同じだ。
ただ肉体のピークの頃にはまだ心が育っておらず、身体と心のピークが重なる期間は人によって半年もない。

ぼくはまもなく40歳で肉体のピークは過ぎている。でも心は色々な経験をしてきた今、そこそこ視野が広がった。

レッスンを再開して二ヶ月経って、どの程度まで全盛期に近づけるかの感触もつかめてきた。
ヨガやフェルデンクライスなど様々なボディワークをしてきた時間も、血肉になっている。そのぶん、20代よりもやわらかくなっている部分もあるようだ。

カナダ出身の友人が

「日本の人はね、英語じゃなくてもいいけれど他の言語を学ぶべきだと思うの。そうすることで世界はもっとやわらかいってわかるはずよ」

と流暢な日本語で語ってくれた。

流れに乗って色々な世界を見てきた30代が終わり、視野が広がったところで再び表現の世界に関わることになって、本当に幸せだ。面白い流れも来ている。

経験的に、いい流れに乗っているときはいい縁に恵まれるし、お金もまわる。

効率の良さなんて蹴っ飛ばす

なんとなく今の世の中は
「キャリアをかさね働き、たくさん稼ぐ」
というのと
「田舎に暮らして都会との繋がりも持ちつつ、日本的な地域の仲間とお金だけではない豊かさに生きる」
の中間点にあるような気がする。

おおまかには、高度経済成長のようないつまでも発展が続くという神話がとうの昔に終わったにも関わらずそのパラダイムから抜け出せない系と、その嘘を見ぬいて「付き合ってらんないわー、わしらもっと楽しい生き方するっす」系。

ぼくの場合はどちらの良さも知りつつ、また違うところに進んでいる感じだろうか。

選択肢はいくらでもある。

自分で選ぶということ

流れに乗ってきた30代とは違う。自らの選択。
たいしたお金もなく世界を放浪するように旅して得たものは「選ぶ」ということ。

今日どこへ泊まるか、明日どこへゆくか、このバスは安全か、街を一人で歩いて危険はないか、旅は選択の連続だ。

「何」として人生を終わりたいのだろうか。

幕引きのとき、隣にいる人は誰であってほしいのか。

ひとつ言えるのは、「こうありたい」終わり方をするには、いますぐにも、そういう生き方をしなければならないということだ。
「人生の幕引きについて」熊坂仁美com

今のぼくには、ダンサーというあり方がやるべきこと、やりたいことであり、楽しい。

とはいえ、気軽にやろう。「やっぱやーめた」だってありだ。

Take it easy.

本日のバレエ動画

ABTのイワン・ワシーリエフ。パねえ。

Akira

北海道出身、旅と写真と山とダンス好き。
クラニオセイクラルやタイマッサージなどのセラピストとして活動しつつ、ウェブ制作も手掛ける。
旅ネタの多い、気まぐれブログ。
詳細プロフィール

この記事は公開から1年以上経過しています。
情報が古くなっている可能性がありますのでご注意下さい

シェアする

フォローする