世間の決まり事だからそれをするのか?

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私が通っているバレエスタジオでは中高生とクラス関わることがある。
受験シーズンで、受験勉強やテストのためにバレエのクラスを休もうかと・・という学生さんがちらほら。

バレエクラスなんて2時間やそこらのものだし、おっさんの立場からすると机にずっと向かっているより身体を動かしたほうが脳にも血がめぐると思う。

けれど彼女らの様子を見ていると
「そうしなければおかしいからそうしなきゃ」
という雰囲気を感じる。

社会が求める価値観、生き方というのがあってそれは若い頃から「空気」という形で身の回りにある。

かつての農村的、共同体意識が強い日本においては「空気」は大事なことで共同体からハブられないように刷り込まれてゆく。

明快に、ちょっと強い言葉を使えば「洗脳」である。

洗脳というと某宗教組織だが、この世で人の手によって作られていない、もとからある価値観などないわけで1万円札がただの紙切れではなく1万円としての価値を持つのも言ってしまえば洗脳だ。

私もいい歳になったわりに自由に生きているので、あれこれ言われるわけである。
若い時は若い時で周りの人に好きなことを言われていた。当時はそのコメントを真に受け、ダメージを受けていた。

曰く「みんな期待しているんだから、ナニナニじゃなきゃ」とか。
今にして見ると「みんな」というのはその人が言葉の責任を負うのを逃げていて、単純に自分の欲求を押し付けているだけである。

「期待」という言葉は人に対して使う場合は毒としての効果しかないよなーと近頃つくづく思う。ギャグとしてなら使えるんだけれど。

海外で出会う似たような価値観を持つ人達とだとそのような押し付けはない。
自分で考え、友人のそれを尊重し、再開すれば限られた一緒の時間を楽しむ。

たとえ自分で考えたことがヨチヨチぴよぴよでも、自分で決めて行動することに意味はある。

日本はそういうところがちょっとめんどくさく感じる。

いや、でも、そのなんとなくある空気を言い訳にし、また作っているのは自分なのかも知れない。

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※岸田秀なつかしす。

Akira

北海道出身、旅と写真と山とダンス好き。
クラニオセイクラルやタイマッサージなどのセラピストとして活動しつつ、ウェブ制作も手掛ける。
旅ネタの多い、気まぐれブログ。
詳細プロフィール

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